エルヴィス・プレスリーで考察する新しい時代の流れと人々の反応

新しい時代の流れを感じた時に人は様々な反応を見せます。

それはいつの時代でもそうであり、新しい時代の流れは反発や批判にさらされつつ徐々に定着していくというのが一つのサイクルのように思います。

ある人は絶賛して、ある人は喜び、またある人は不快感や怒りを示したり、それには個人が持つ深層心理の働きが隠されています。

新しい時代の流れは違和感や反発をもって迎えられる

アメリカのロックスター、エルヴィス・プレスリーを知っているでしょうか?

彼は世界の音楽シーンを変えた人物であり、1977年に亡くなってからも多くのミュージシャンに影響を与え続けているロックミュージックのルーツを語る上では欠かせない人物なのです。

そんなエルヴィス・プレスリーですが、デビューした当時は彼の評価は2極化しました。

彼のデビューした頃の音楽は黒人のR&Bの要素を全面的に取り入れた全く新しい音楽とパフォーマンスでした。

それまでの白人がやっていた音楽は悪く言えば退屈なものが多く、お行儀よく歌と楽器を演奏することが良しとされていました。

エルヴィス・プレスリーは体が強く揺れるようなリズムのR&Bを全身を使って表現しました。

この頃は黒人への人種差別が激しく、黒人がやっている音楽を白人が歌うなどもっての外と思われていた時期であり、それに加えてこのパフォーマンスは聴衆の様々な議論を巻き起こしました。

彼の映像を見たPTAや宗教団体から激しい非難を浴びせられたり、腰をくねらせて歌うその様子から『Pelvis Presley』腰ふり野郎と揶揄されますが、その一方では多くの若者たちを一瞬にして魅了してしまったのです。

その後もしばらく批判が続いてレコードの不買運動なども行われましたが、黒人のブルースを取り入れたエルヴィス・プレスリーの音楽が面白いという人間の根源的なものには逆らえず、徐々にそして熱狂的に世界中へ彼の音楽が受け入れられていくのでした。

その後も音楽シーンやハリウッド俳優として活躍して大きな成功を収めてアメリカンドリームの代名詞となったのでした。

PTAや宗教団体の深層意識

PTAや宗教団体の人々は今でいう頭の固い大人たちと置き換えてもいいかもしれません。

彼らは新しいものを見るとまずは批判から入るのですが、その深層心理について少し考えてみたいと思います。

大人になると様々なものを積み重ねて、それに縛られたり自ら固執したりします。

常識、地位、既得権益、モラルなどなどです。

彼らは自分が信じていた世界や自分が持っていた利益が無くなってしまうことが怖かったのだと思います。

彼の音楽に多くの若者が夢中になってしまったら日曜日に教会に来なくなるかもしれない、彼のせいで学校の規則が乱れるかもしれない、父親よりもエルヴィス・プレスリーを尊敬するようになってしまうかもしれない、自分が持っていた市場が彼に奪われるかもしれない、白人より黒人の音楽が魅力的なんて認められない、そんな様々な不安が大人たちの頭の中を駆け巡ったのではないでしょうか。

不安や恐怖という感情がエルヴィス・プレスリーへの激しい批判に変わります。

しかし、大人たちの批判はエルヴィスの音楽が持つ魅力や時代の流れには勝てませんでした。

その証拠に彼の存在は伝説的なロックスターとして語り継がれています。

黒人のR&Bの要素を白人の彼が音楽シーンに持ち込んだことで、その影響は爆発的に世界中に派生していきました。

黒人が演奏していたR&Bの音楽やパフォーマンスの要素は、現在聞かれているすべての音楽のルーツと言っても過言ではないくらい世界中の音楽シーンに広く浸透しました。

はじめはエルヴィス・プレスリーを批判した大人たちも、数年後にはそんなことは忘れたかのように同じようなR&Bをルーツにした音楽を楽しんでいたのではないかと思います。

僕が生まれるはるか前のことなので想像の話ですが、エルヴィス・プレスリーは黒人が作り出したR&Bの魅力を大衆に伝えたことで、黒人の人種差別撤廃に間接的に関わったのではないかと思っています。

これはエルヴィス・プレスリーが残した大きな功績だと思います。

時代の流れを敏感に感じ取るのは若い世代なのかもしれない

頭の固い大人たちは愚かでかわいそうです。

自分が勝手に作った意識の壁のせいで、魅力的な音楽を楽しむ機会を何年か放棄してしまいました。

きっとそういった保守的な大人たちの多くは、当時差別されていた黒人の権利について考える機会も遅かったのではないかと思います。

エルヴィス・プレスリーがデビューしてから数年後の音楽シーンの蓋を開けてみると、多くの音楽にR&Bの要素が取り入れられていました。

それは彼を激しく批判しても、レコードの不買運動を熱心に行っても必然的にそうなっていました。

どうせそうなるのであれば、自分たちが積み上げたつまらない常識を捨てて彼の音楽を楽しめば良かったのです。

未知なる新しいものとの向き合い方を考える

現在はエルヴィス・プレスリーのように刺激的で賛否両論が分かれるものは見当たりませんが、スマートフォン、VR、ドローン、人工知能、自動運転システム、IPS細胞などなど新しい技術の進歩は止まりません。

僕が歩く中で出会う未知なる新しいものに対して、頭の固い大人たちがエルヴィス・プレスリーに対してぶつけた感情を抱くことがあるかもしれません。

そんな時は自分の深層意識を探ってみようと思います。

選択肢は新しい価値観を全く受け入れないことと、全面的に受け入れることの2つだけではありません。

意識の壁を作ること、物事と向き合う姿勢や距離はある程度自分で調整できるのです。

未知なる新しいものに対して感情的にならず、今後のビジョンを考えて建設的な考え方ができるように、パソコンやスマホのOSをアップデートさせていくように生きていきたいなと思うのでした。


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